2017/12/21
「精神科にかかっている」というと、大概の人は「え、普通なのに」みたいな反応をする訳で。私としても普通に過ごせるならそれに越したことはないんだけど、なかなかそうもいかず、毎食後に薬を飲んでいる。
精神疾患で一番辛いのは回りの目かもしれない。仕事に行けず家で寝ていたりすると、気分転換に外に出るのも勇気がいる。
私はここ最近やっと回復してきたのだが、ここまでくるのに三年かかってしまった。20代から30代になって、甥っ子や姪っ子もでき、正真正銘の「おじさん」になった訳だ。
回復したきっかけは薬のおかげとはいえない。薬を飲んでもしんどいし、家で寝ていても焦るばかりで気休めにならなかった。
何がきっかけかというと、東北の復興で宮城の気仙沼へ仕事に行ったことが大きかった。
行く前の私は、とてもじゃないけど勤まらないだろうなと思っていた。途中で帰ってくるのがカッコ悪いから、友達にもなにも言わずに行くことにした。
気仙沼での仕事は楽しかった。そこで「なんだオレもまだできるじゃねえか」という自信がついた。気仙沼にいたのは二ヶ月ほどで、一緒に行った仲間と一緒のクルマで帰ることができた。うれしかった。
私は統合失調症なのだが、どうやらコイツとは一生付き合っていかないといけないらしい。毎朝起きると「今日は大丈夫かな」とか「今日はしんどいな」とか。自分の体調のご機嫌を伺う毎日だ。年代物の機械みたいだな。年代物の機械は始動にも運転にもコツがいる。もちろん止めるときも。そのツボを掴むのがこれからの課題かな。
おしまい
ラーメン屋が閉店した話
馴染みのラーメン屋でお気に入りの一杯をいただくのが私の楽しみなのだが、最近その店がいつ行ってもやっていない。
その店は昭和情緒が色濃く残る路地裏にたたずんでいる。地元の人々を胃袋から応援してくれる、そんな気概を感じさせる風情がその店にはある。
「はーい、いらっしゃい」
どこか気だるげな声で店のお母さんが迎えてくれる。店はお母さんと息子さんの二人で営んでいる。
中華そばを頼むとお母さんは厨房の息子さんに「中華一つねー」と知らせる。息子さんは調理、お母さんは接客という具合だ。
中華そばが出てくる。絵に描いたような昭和の中華そばがそこにはある。醤油ベースのちょっとしょっぱいスープに、黄金色の麺。メンマにかまぼこ、チャーシュー、刻みネギ。
すばらしい。おそらくこの店ができた当初からの変わらぬスタイル。先代から受け継いだ伝統である。
そんなお気に入りの店だが、どうやら最近店じまいをしたらしい。まさかと思ったが、いつ脚を運んでも店は閉店のまま、寂れた路地裏と同化してしまったかのように活気なくそこに建っている。
真っ先の浮かんだのは店のお母さんの事だ。どこか気だるげなお母さんは、店の歴史そのものだ。
「お母さんに何かあったかもしれない」
そんなことを感じてしまった。多分だが、あの店は再開することはないような気がした。いつもと変わらぬ中華そばと、「おおきに」と言ってくれるお母さんがいてくれればそれでよかった。それが叶わなくなってしまったのはとても残念だった。
敗けから学ぶ
こんなこと言うまでもないけど、誰しも失敗する事がある。
もっと言及すると、何かに敗けるという事。
テストの点数だったり、営業成績だったり。
数字で表すとこの「敗ける」というのは、それはもうハッキリと当事者に現実を突きつける訳だ。
今回はそんな敗ける事から、何かを学ぶ行程を私が好きな麻雀で紹介したいと思う。
まず今日ゲーセンで麻雀を打ったら、それはもう悲惨な敗け方をして。スコアはガタガタになるし、打っていて苦しい状況が続いた。
トップ1回、ラス4回。
牌勢が悪いもんだから役牌を絞って打つしかなく、当然手は窮屈になる。鳴けばそこを棒攻めされ、放銃。
点数を捲ろうとして無駄に高い手を作ろうとして、足が遅くなる。
そこへリーチが入り、また放銃。
ここまで「敗ける」というサイクルにはまってしまうと、後は何をしてもダメ。
敗けにはサイクルがある訳だ。
じゃあどうすれば良かったかを考えると、放銃を無くす事に集中すればよかったという事になる。
自分が振り込まなければ流れたかもしれないし、誰か別の人が振り込んだかもしれない。
状況に応じて戦略を立てる重要さを感じた今日の麻雀だった。
麻雀をやっていると、状況というものがいかに変わり、それが人の戦略(ここでは和了ること)にもとづいて行われる事がよく分かる。
状況というのはいくつかの要因で成り立っていて、その場その場で違うものだ。その状況を判断し最適解を出した人が和了するものだと思う。
状況判断の正確さと早さ。今日は見えてなかったようだ。
雑記 #2
私の家は家業で土木業を営んでいる。子供の頃から自分の将来について考えたとき、「家でだけは働きたくない」と思っていた。
小学校やそこらの年齢の子供であったが、その事だけはハッキリと考えていた。家でだけは働きたくない、と。
なぜだろうか考えると、~の息子。という子供の頃からそういった目で見られるのが心底嫌だった。
家族の仲も悪かったし、こんな家とっとと出てやろうとクソ生意気にも思っていた。
大学へ行き、私は統合失調症になった。大学には自律神経失調症のため、と言い半年間の休学届けを出した。
病院で一月入院した後、実家で家業の手伝いをすることになった。当然、仕事なんて出来るわけもなく、おっさんや親父の言うことをただやる毎日だった。何も考えてなかった、というか考えられなかった。心はいつも大学への復学だった。辛かった。
半年間の実家での手伝いは何も心に残らなかった。いま自分がこうしていられるのは実家で働いているからだ、それはその通りだ。
ただ私がこの跡をとるかと言われたら、多分とらないだろうという事はハッキリしている。甘いかもしれないが、文章を書く仕事に就きたいと思っている。
自分のかいた記事だったり、そういったものが読んでくれた人の一人でも、「楽しい」と感じてくれるなら、こんな幸せなことはない。この事はハッキリ分かんだね。
おしまい
好きなこと
辛気臭いブログが続いたので、ここで私が好きなことについて書こうと思います。
私は音楽が好きで、もっぱらAmazonで好みのCDを発掘することに精を出しています。
最近、これだと思ったバンドは「スカート」というバンドで、甘すぎず辛すぎずのでも上手すぎるという。とにかく、とてもいいんです。
興味のある方はこちらから。ぜひ聴いてください。
普段出歩くことは少ないですが、休日はまず家にいません。大体遊びに行ってます。
友人とゲーセンで麻雀をやったり、パチンコに行ったり。
この歳になるとなかなか麻雀で人集まらないですから、ゲーセンが主戦上です。本当はみんなでワイワイやりたいところですが、仕方ないですね。
SEGAのMJという麻雀アーケードゲームで、チームベタ降り隊🌸のキャプテンを務めています。現在部員、2名!
パチンコですが、ほどほどにやらないと生活が破綻しますからね。要注意です。
今はエヴァ2018をやってますね。なかなか面白いです。勝てないけど。
これから冬になればボードもしますよ。下手くそなりに楽しんでやってます。
とまあ締まりのない文章で恐縮ですが、以上です。日々の生活のなかでこういった楽しみを満喫できる今に感謝ですね。
ではまた
空っぽ
仕事を休んで、家で一日中寝てた。
空っぽだった。ハリボテな自分がずっと心を支配している、そんな感じ。生きているけど死んでいるような虚無感を紛らすために酒を飲んだ。弱いくせに。
私には統合失調症という病名がついている。薬を処方され、毎日飲まなくてはいけない。
嫌になる。できない自分、それを責める人。
みんな嫌いだ。
何度も壊れて治りかけて、また壊れる。最後に壊れたのは27の時。正直もう戻れないと思った。一生病院で過ごすものだと思った。
半年の入院を終え戻ってきたものの、当たり前だけど前のようには行かない。
信頼も地に落ちた。なんで私がとも思った。罪を犯した訳じゃないのに、どうしてこうも責められるのか。
世界が色彩に溢れたあの頃に戻りたい。それが最大の望みであり、叶わない夢である。
夢には終わりがある。私の夢は終わったのか。儚い夢だったな。
薬を飲んで寝ることにする。夢の中では世界は美しくあって欲しい。
雑記#1
何か書かないとバランスがとれないので書くことにする。
このまま寝るのが一番なのだろうけど、書くことで発散できることの方が私にとってはありがたい。書けば残る。いつでも見ることができる。「ああ、あの時の自分はこうだったな」と確認できる。確認できるということは、安心につながる。バランスがとれる。
何の事をいっているのか分からないかもしれないが、自分を確認するということは、飯を食う事くらい大事なことだと思う。また、誰かに自分を確認してもらうという事もさらに大事なことなのである。
自分の価値観や思考に何らかの歪みが生じたとき、人はバランスをとるために何らかの行動をとる。
酒を飲む、音楽を聴く、体を動かす、本を読む、etc…。
その方法はまさに千差万別だろうが、そこにその人となりの業があると私は思う。またそこで何をするかで、人を区分することもできるだろう。
私は社会科学の講釈を垂れる訳でもないし、そのような知識もない。
何が言いたいかというと、パチンコ負けちまったよ!という事なのである。しょーもな。
おしまい